旅・冒険・遊び

沖永良部島でのとある一日、とあらない日々

こんにちは、高本です。

今回は、何か月か前にしばらく滞在した沖永良部でのとある一日が非常に高密度だったので、スナップショット的に残しておこうというやつです。

速報性は皆無なんですが、なぜそれでも記事にしておこうと思ったのかという話からしてみます。

それはひとえにその瞬間にしか作れないものがあると思ってるからであります。

その瞬間にしか作れないものを作り残し続けていくことが、瞬間をよく味わうことの一側面だと感じているからです。

瞬間を密封していく

音楽聞いてても「これ絶対このときしか作れんやつやん、、」みたいなのよくありますよね。

例えば、ミスチルの『1999年、夏、沖縄』って曲がしばらくマイブームでしたが、これとかもうタイトルに1999年ってあるし、

たぶんその時に沖縄行って感じたことから作られてるのだと思いますが、こういうのは基本的に後からその体感を思い出して作るのは出来ないはずなんですね。

ミスチルの「1999年、夏、沖縄」という曲の始まりがよすぎるというだけの記事

そのときの自分の内側で渦巻いている感じ、感情やら情景やらいろんな情報を持った電流みたいなのが流れてるその身体からしか生まれてこないものがあります。

あとで「あの時はこう考えてこう感じていた」と、記憶として思い返すことはできても、その瞬間の体感というかまさに身体的な、身体と張り付いて一体化した”何か”は再現不可能です。

だから当然その身体でしか残せないものが出てきてしまいます。そしてそれを作り残すことが、これは何なんでしょうか、その瞬間に生きていたってことなんでしょうか。

熱量ごと封じ込めておく感覚でもあります。要は、後から思い出してログとして残すってことではないんですね。三か月たってますけども。

ただこうなるとこうなったなりのやり方があります、

当時の感じを思い出しつつ書くと「過去に意識が飛んでいて今から離れている」わけですので、そうではなくて、「今だから書けること、今感じていること」ごと扱うのがコツなのです。

するとあら不思議、これは三か月前には書けなかったことなので、「作る」という観点から正当化できてしまいました。

というわけで本編へ。

20時ベッドインを目指す

4月から5月にかけて1か月ほどいたんですけども、まじでいまさら何を書いていいかわからないので、とても印象的だった一日を取り上げてみます。

そもそも何をしてたかというと、じゃがいもをトラクターで掘り起こしてそれをみんなで拾います。

雨の日は芋をベルトコンベアで流しつつ品質とかサイズごとに分けます。8時間ぐらい作業して寮でごはん食べて終了という生活でした。

17~18時ぐらいに部屋帰ってきて、ダッシュでシャワー浴びてダッシュでご飯食べて20時にベッドインからの21時就寝を目指すというルーティーンで頑張ってたんですけど、

一回友達から「今どんな感じなん」って連絡来て、「そろそろ20時やから寝る準備するわ」って言ったら「何の修行ですか」と返ってきたたのを思い出しました。

僕が参加したのは作業全体の後半というか最後の1か月ぐらいだったので、割とほかの人たちは仲良くなってたりして、初めの2週間ぐらいは作業中にちょっと喋るぐらいでした。

ただ3週間目に入るときに、いもがまだ育ってないので、収穫できるまで1週間ぐらい待機ってことになりました。つまり、2週間作業して、1週間ぐらい休みで、また最後残りの作業というわけです。

僕は3週間でさっと帰る予定だったので、そんなに別に仲良くなってるわけでもないし、やることもなく1週間も待ってられな過ぎたんですけども、ちょうどゴールデンウィークで飛行機代が跳ね上がり倒しておりまして、残ることになりました。

が、奇跡的に休みの直前に軽い打ち上げがあり、そこで急速に打ち解けて、結果的にその一週間遊びに遊ぶことができました。

何か起こりそうなところまで身体を運ぶ

あ、関係ないけどまた今思ったのは、なんかやりたいって思ったときに、これはご飯食べに行くでも海や釣りでもいいんですが、なんかしたいと思ったときにすぐ一緒に行ける人がすぐ近くにいるもいいなと思いましたね。

別に誘うとか誘わないとかですらなく、AとBで喋ってるところに、直接会話に参加してなくてもCも横にいたからじゃあ3人でみたいな。それが10人ぐらいに育ったり。

だからイベントがどんどん流れてきます。何か大きな企画とかでもなく、生活の中にある、食料買いに行くとかそういったことも含めてですけど。

自分から何か事を起こそうとしなくても、そういったことに巻き込まれる流れにすでにいるというか。そういう体験が面白かったですね。

前に「頼まれごとに乗っかっていくといい感じに流れられる」的な話もしたことあった気がしますが、何か起こそうとする主体的感と何か起こるのを待つ受動的感、このどっちかになるのはあまり気持ちよくないと思っていて、

前者が強いとずっと気を張って何かできることを探してる感じで疲れてきたり、何もできてないときに焦燥感なども出てきかねません。

逆に受け身過ぎても周りで何か起こるまで景色変わらず、となってくるので、

これをドッキングしたありかたとして、「何か起こりそうなところまで自分を運んでおく」のがちょうどいいのではないかと思っていたのです。

それこそ今回のも別に明確な目的があったわけでもないんですが、取りあえずそこに体を置いてみたらなんか起きるんでしょうと、私に見せて見なさいみたいなことですよね。

とある一日

で、話を戻しまして、そういう何かが巻き起こってきやすい環境だったんですが、そのとある日はですね、

朝バーベキューして、昼から海行って、夕方夕陽見て、夜ビーチで焚火と花火して、夜中は部屋に戻ってひっそりトークという一日でした。

まず朝はBBQをしました。普段だとわざわざBBQ用の場所まで行く必要がありますが、島なので寮の前で楽勝にできてしまいます。

買い出しして、燃えやすそうな木もその辺にあるので軽トラで運びまして、

準備してると社長というか代表が肉と酒をクーラーボックス一杯に持ってきてくれました。

で、こんな感じで適当に色々食べたりしまして、

それも一段落したところでささっと片付けて、まだ全然昼だったので、次は海に行こうってことで車に乗り込みます。

海もちょっと遠いところでも15分あれば着いてしまいます。で、ささーっとひと泳ぎして帰宅。

これも仕事の日々の合間を縫ってとかだとたっぷり味わっておこうとなりますが、いつでも来れるので2,30分で楽しんでさっと切り上げる感じになります。

てなわけで、行って泳いで帰ってきてで一時間ぐらいで終わってしまいました。

その帰りにサンセットを見ようという話になりまして、

僕は序盤に同じ寮だった人と見てみようと挑戦したんですが、

その人が道中の謎コンビニで謎お土産を謎吟味してる間に余裕のタイムアップとなりましたので、再チャレンジでした。

言ってみると島特有というか、こういうところに期待していたような景観というか、めっちゃいいですよねとにかく。

で、しばらく堪能して戻ってきますと、最後はまた別のビーチで花火大会でした。この辺りもさすがで、上全部星でした。デネブアルタイガベガの夏の大三角も見えたり見えなかったり。

花火が終了して、各自残ったり帰ったりしつつ、僕はビーチのギリギリのところで寝転がって数人でしばらく話してたんですが、こういう時間がいいですね。

夜のビーチはなんとなく宮古島で野宿した時を思い出しました。

しばらくすると普通に寒すぎて撤退しました。

そして寮に戻り、よく覚えていない話をもうしばらくして、ああいい一日だったと満足して眠りにつくのでした。

おまけ

とあらない日々より

ウツボ(3年ぶり2度目)

口の中が磯になったかと思いました。
スーパービギナーズラック
魚内臓飛び跳ねズボン
19歳男子、手打ち
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現在、やりたいことや没頭できることがなく、でも何からやればいいかわからないという、人生と向き合い中な方向けに

客観的な幸せや豊かさではなく、自分のコアや方向性を見定める
ゼロヒャクのおもんなくそ真面目二項対立思考を手放す
内から湧き上がる好奇心や心躍る感を汲み取る感覚を取り戻す
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