情報発信やブログでは、たった一人のターゲットに向けて記事を書こうと言われます。
過去の自分とか、ペルソナとか。
ただその感覚って慣れるまではすごく難しくて。
相手が見えていないわけなので。
で、実際そうやって書かれた文章がどれくらい威力があるかって、なかなか見てみる機会もないと思います。
なんですが、めちゃくちゃいい例文がありまして。
それが君主論の書き出しのところです。
マキャベリが書いたやつですね。
中身は全然覚えてないんですがw、書き出しのところがかっこよすぎて、今回それを一緒に見てみようというやつです。
では早速!
君主論の書き出しがかっこよすぎる
正直今回の記事は、
「君主論の書き出しがかっこよすぎる」
これを言いたいだけなんですねw
だから出オチ感半端ないんですが、実際の文章は本当に素晴らしいのでちょっと見ていこうと思います。
君主論とは
君主論は、マキャベリが「君主とはどうあるべきか」を論じたものですね。
これを当時の君主に献上しました。
なのでその書き出しは、当然君主たった一人に向けて書かれています。
で、これが素晴らしいと。
たった見開き2ページ分ぐらいですけど、ちょっと泣きそうになるぐらいの凄みと君主への態度です。
書き出し①
私も殿下への献身のあかしとなるようなものを携えて殿下にお目通り願おうと思いましたが、私の財産の中には、偉大な人々の行動についての認識以上に貴重で評価できるものは見つかりませんでした。
マキャヴェッリ.君主論(光文社古典新訳文庫)(Kindleの位置No.98-99).光文社.Kindle版.
他の人が織物・武器・宝石を献上する中、
「俺にはこれしかなかったわ!」
っていうニュアンスの文章。
1つの事を突き詰めてきたからこそ言えるこの自信たっぷりな感じが、非常に気持ちいいですよね。
書き出し②
お次はこれ。
私といたしましては、この作品は殿下に献上いたすのにふさわしいようなものではないと考えてはおりますが、それにもかかわらず、殿下の寛大な御心から、受け取っていただけるに違いないと心から信じております。それというのも、私が長年にわたり、多くの困難と危険に直面しながら見極め理解したすべての事柄を、ごく短い時間で理解する能力を殿下に授けるこれ以上の贈り物を作ることは私にはできないこととお考え下さるだろうと思うからであります。
マキャヴェッリ.君主論(光文社古典新訳文庫)(Kindleの位置No.101-105).光文社.Kindle版.
これまだ前半ぐらいなんですが、最初呼んだ時この辺でもうちょっと感動しましたw
たった一人の相手に向けてっていうのを徹底すると、読んだときこんな気持ちになるのかと。
ここは君主に対する敬意はもちろんやけど、
「ちゃんといいものやで」
「しっかり熱意込めて研究してきたものやで」
っていう自分のコンテンツに対する情熱・自信が伝わってくる。
でも謙虚に相手をあげつつで傲慢にならない感じ。
書き出し③
もう最後になりますが、これ。
私はこの作品を多くの人々がその作品を叙述し飾り立てる際に用いるのがつねであるような、くどくどしい韻律や大げさで格調高い言葉や、そのほか読者の気を引くようなわざとらしい修辞やうわべの装飾で飾り立てたり満たしたりはいたしませんでした。なぜならば、私は、そのようなものが作品に栄誉を与えるようなことはまったく望まず、また、素材がさまざまであり、主題が重要であることによってのみ作品が喜ばれるようにと望んだからであります。
マキャヴェッリ.君主論(光文社古典新訳文庫)(Kindleの位置No.106-110).光文社.Kindle版.
ここもコンテンツに対する自信がすごい。
中身勝負で本当にいいものっていう精神は好きですねえw
まとめ
本当にこの君主論の最初のところを紹介したかっただけなので、一瞬になってしまいました。
ですが、
「たった一人に向けて書かれた文章の威力」
「コンテンツに対する自信はもろに伝わる」
この2つはわかってもらえるのではないかと。
今回は以上です。
ここまでお読みいただきありがとうございました!