コラム(?)

【全天候型生活】変わらない安定よりも環境や気分の変化を取り込んだ全体としての安定という話

少し前までは、朝型のリズムの時が調子がいいように思っていたので、夜型にずれてくると、「頑張って戻さないといけない」とか、「この夜型の期間は全然よくない期間だ」と思わされていたが、

ここで、朝型と夜型のリズムは周期的にやってくるものだと思うと、そんなことは気にならなくなる。

つまり、実際の体感として朝のほうが確かに調子はいいのかもしれないが、その朝型のリズムを引き起こすのはこの夜型の時期があるからこそで、これらは緩く移り変わっていく。

いつでも朝型でいられたら最高で、そうじゃない時期は最初からだめだと思うのではなく、数週間の朝型の好調期のためには、ペースを落とした夜型のリズムが必要なのだと思っておく。

するとマックスの調子が出ない今日も、今はそういうタイミングなのだと初めから納得できる。

ここで、その移り変わりが受け入れられないと、

「ちょっと起きるのが遅くなったから今日はもう全然ダメな日」「いつものルーティーンから外れたから今日はいいパフォーマンスは出せない」「早く元のリズムに戻そう」と、

その時期の暮らしがおろそかになって、次の好調期しか見てないことになる。

二週間ごとに入れ替わるのだとすれば半分は「早く調子を戻したい」とか「前まではよかったのに」とか、そういうことを考えてしまうことになる。

でも最初から常に調子のバイオリズムは変化してると思っていれば、グラフの下降期にいることに気づいて、おとなしく安静にしておこうという判断ができる。

棋士の羽生善治が将棋の手には必ずプラスとマイナスがあると言ってた。確実にいい手というのはなくて、両方がセットになっている。

だから自分のやりたい活動やエネルギーを費やしたい何か、に関しては不調のタイミングでも、それと入れ替わるようにして他の「やりたい感じ」が立ち上がってきてることに気づけるかもしれない。

だから初めからその両方の時期の生活をあらかじめ用意しておく。

完璧な1日だけを思い描かない

一番いい理想の一日の流れだけを事細かに設定して満足するのではなく、それが崩れる時期の生活も最初から組み込んでおく。

朝型と夜型の話で言えば、確かに理想は毎朝決まった時間に起きることかもしれないが、機械じゃないのだから常にそのリズムを一生続けられるわけではなく、また、不意のイベントで崩れることもある。

いつでもベストな生活だけを思い描いていては、そのラインから外れたときに、朝起きた瞬間からマイナスな感情になってしまいかねない、

例えばいつもなら朝4時に起きて、学校や会社に行くまでに一時間半ブログ書く、本読む、勉強する予定が、というかそんな生活が続いていたのに、

週末ちょっと夜更かししたせいで完全にリズムが崩れたとか、飲み会行った日から早く寝るの出来なくなってるなとか、

そうなると、もう起きて時計見て7時だった瞬間にちょっと気持ちが落ちて始まるわけです。

でもそれは一つの装備で全部行けると思ってるから脆い。

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「早く寝よう早く起きようと思ってたのに」「家帰ってきてから本当はあれとかこれとかやりたいのに」「もう最近は全然あかん」と思うのではなく、今はそのリズムの時であると受け入れて、そのリズムの時の生活を最初に考えておく。

「調子いい周期は朝から文章がっつり書けるけど、最近は朝は起きれないから、そこはあきらめよう」と。

ここで、「じゃあその時間を夜に回して同じように続けよう」と思うと、割と危険で、夜はもう疲れて眠くてそれまでと同じように出来なかったりする。

で、「やばい全然進まない」と思ってどんどん焦ってきたり不安になってきたり、やっぱり夜型の時はよくないのか、とか思ってしまったりする。

でもそういうときはもう朝型の時と同じ生活をすることは難しいのだから、時間だけをずらせばいいと思うのではなくて、はじめからいつもより書く分量を落とすとか、時間を短くするとか最初に決めておく。

元の周期に戻ってくるまでは文章を書く方はちょっとスローペースにして、その代わりに読書の方に時間を回そうとか、運動を多めにしてみようとか、

調子よかった時期には逆に出来てなかった趣味の方を増やしてみようとか、朝ギリギリまで寝てるおかげで昼休みに仮眠しなくていいからそこでちょっと書いてみようとか、

完全に別の生き物になったと思って別の一日の流れを用意しておく。

すると今のこの時期は、好調期じゃないから早く戻さないといけない、じゃなくてまた違った生活である、というだけになる。

内なる季節も日々移ろい変わっていく

やりたいはずのことが捗らないからダメなのではなく、代わりに別のことを楽しむ時間と思えばよくて、季節が違うだけ。

「もう春が来るというのにいつまでダウンジャケットを着てるのだ、今は花見を楽しむ時期ではないか。」

と言われてしまいます。だれかに。

冬にいろんな服を着ておしゃれしてスキーしてかまくら作って豚汁飲んで焚火することだけが人生と思っていては、一年の半分以上が冬を待つだけの時間になってしまう。

だから最初から、最近の気分がどの季節であってもノリノリで過ごせるように準備しておく。

という全天候型生活。

投資家レイダリオのオールシーズンズポートフォリオ的なやつ。

景気のどんな周期にあっても安定するようにゴールドや債券や穀物もいい感じに持っておく。

変わらない自分を安定させるのではなく、数日から数週間ごとの環境や気分の変化に合わせて行動のリズムも切り替えて、全体としての活動を安定させる。

ブログができないなら人と話せばよくて、曲作りができないなら誰かのコピーをすればよくて、フットサルができなら読書をすればいい。今はそんな季節。

そうやって旬の活動に配分を変えて注力していれば、忘れたころに元の好調期が戻ってくる。

こんな生活はどうでしょう。


なぜ「ゆらぎ」は現代における重要概念なのか【前編】