本日は少し短めに。
AマッソのYouTubeのチャンネルで、テレビで活躍してる芸人がAマッソにアドバイスするという企画があり、めっちゃ昔の動画なんですが平成ノブシコブシの吉村氏が講師という形で話をする。
そのとっかかりとして「尖りとは何か」というテーマで進行していくのだが、ここに人に何かものを伝えていくことのヒントがあって、
冒頭で吉村氏は「天下取りたいですか」とAマッソの二人に聞く。吉村氏も逆に聞き返され「天下を取ろうと思ってます」と言う。
まずここが一つ目で、「自分自身が何を目指しているのか」ということの表明が最初にある。
厳密には必ずしも全てをいちいち言語化しないといけないわけでもないが、でも少なくとも自分の中ではある解像度を持って分かっておく必要がある。
そしてそのことは普段は別に言わないまでもそれを見てる人には何をしようとしてるのか伝わっていて、だからその方向に向かって普段どういう振る舞いをしてるのか周囲はなんとなくでも感じてるからその人の話を聞く気になる。
その始まりとして「尖りとは何か」がテーマになってくるのだが、これが二つ目で、その方向に向かってずっと進んできた人には、漠然とした尖り、芸人やお笑い界でよく出てくる尖りという概念に対するその人なりの解釈を持っているものだということ。
それは自分自身の趣味嗜好や強みや優位性やその中でやってきたこと考えてきたこと感じたことの総合的な蓄積として、その人の辞書に刻み込まれる。
ここも厳密には刻み込まれるというよりもその単語の横の空白だったスペースにじわーッと浮かび上がってきて、そしてまた数か月数年たつ中で消えては書き換わりしていく。
でもその人の世界観、お笑い観、芸人観全体の中で「尖り」についての解釈がいくらかの大きさを持った概念として存在感が増してくる、
そうなったときにその見方や捉え方はこれからまた天下を目指す人にとって面白く役立つものとなる。
この場合で言えば、ただ尖るのがいいとか悪いとかではなく、そもそも尖りとは何なのか、芸人にとって尖りとは何か、テレビにおいて尖りに価値はあるのか、といった角度からその人の言葉で回答できる。
そしてそういった言葉や概念とその定義によって、その人の「お笑い・テレビ・芸能界宇宙」が成り立っていて、そしてそこに共鳴する人がその話を聞き、受け入れるということになる。
情報発信の場合は、メディア空間でその方向性が示されていることで、それと重なりのある受け手はそこに置かれたコンテンツに興味を持ち、場に参加してやってもいいと思い始める。

